
| 草川 幸郎昭和34年生 |
| 和裁1級技能士 |
| 1級和裁士 |
| 職業訓練指導員 |
| 国家検定和裁検定委員 |
| 日本和裁士会検定委員 |
| 東京商工会議所検定委員 |
| 日本和裁士会常任理事 |
| 東京都和裁技能士会理事 |
| 東京和服裁縫協同組合青年部長・理事 |
| (有)幸村で和裁指導 |
東京は下町谷中に祖父から続く仕立屋に次男として生まれ、小さいときからいつも[きもの]と祖父のお弟子さん達に囲まれて育ちました。
高校の建築科を卒業して、福岡の故斉藤邦博氏に弟子入りし、5年間修行をしてから母が経営してた和裁所で今度は母のお弟子さん達の指導、しかし指導と言ってもまだまだ未熟、それからも東京の和裁の先生達から教わり自分の技の研究 。
よく聞かれるんです、「なぜ福岡に?」っと、師匠の技がすばらしいのはもちろんですが、それよりもとにかく飛行機に乗りたかった...盆暮れしか実家に帰れなかったけど、往復は<飛行機>、初めて飛行機に乗ったときに見た富士山のきれいだったのが、とても感動的でした。
修行中はとても厳しくて、ものさしでたたかれたことも....
師匠に「なんしょっか、そげんこつして、つまらんぞ。」って、はじめて怒られたとき、「何がつまんないんだ?」と博多弁がわからず >??<
忙しい時期になると(12月はめちゃくちゃ)朝早くから夜遅くまで縫ってました、「絶対に一人前になるんだって。」がんばってたなー。
日本和裁士会主催の全国和裁技術コンクールに福岡代表で出場し銀賞を貰いましたが、しら針(表地にくけ目が出ること)という大きなミスをして、悔しい思いをしました。
師匠の褒め言葉に「着やすかねー。」というのがありましたが、これは、「きれい」とか「うまい」というよりも、着る人にとってとても着ごこちの良い、着たときにきれいに見えるということで、最高の褒め言葉でした。
きものは身に付けたときに初めてその価値がでる、仕立てあがったきものに袖を通して、初めてきものとして生きる。
そんなことを教わったように思います。
「技や技術は一生が勉強。」とよく言いますが、弟子や後輩の指導をしながら、自分もまた勉強しているようなきがします。